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気付きの根底にあるもの

多くの悩みは、問題の根本的原因が何なのか分かっていないことで、「解決策」が見つけられないことにあります。

潜在意識の世界に隠れている根本的問題は、いろんな悩みを生み出します。

それが生活に支障をきたす怪我や病気になったり、感情を落ち込ませたり高ぶらせたりして疲れてしまうことで、潜在意識が気づかせようとサインを出します。

「論点」「課題」「問題」などをイシューといいます。

イシューの本来の意味は、その場で「何を考え、何を話し合うべきか」です。

「何」を理解しなければ、考えることも話し合うこともできません。

理解が見当はずれでは、気付きがないのです。

理解するとは、「これって何?」「何でこうなるの?」といった疑問を持ち「原」と「結」を結びつけ、その関わり合いを「わかった!」と感じることです。

そのためにも、実際に見たり聞いたりする「体験すること」が必要になります。

1 共通点を見つけ出すこと
最も理解しやすい方法は対象に共通性を見出すことです。

2つ以上のものに何か共通なことが見えると、何かを理解したと感じます。

例えば、「あの人はあの町の再建の際に敵対勢力をまとめ上げた人です」と言われるより、「あの人はあの町の坂本龍馬です」と言われた方が圧倒的に理解したと感じます。

2 関係性を見出すこと
完璧な関係性がわからなくても、理解しようとする対象の間に何らかの関係がわかれば、人は何か理解したと感じます。

例えば「Aが多いとき、Bも多い傾向がある」ということを見出したとき、AとBがお互い正の関係にあると分かれば、Aだけ見ていてもBの傾向を推測できます。

3 グループ(共通項、公約数)に分けること
対象を何かのグループに分けることで、これまで1つに見えていたもの、あるいは無数に見えていたものが、判断できる数の塊として見ることができるようになり、洞察が深まります。

例えば、人体において「人体領域のセグメンテーション」とあげることができます。
人体を何らかの視点に基づいた軸で切り分け、それぞれのグループ(骨格、循環器、神経伝達、経絡)ごとに違う動きが見えれば、それまでとは違う洞察を得て、今起きている肉体的な不調の現状分析や今後の予測がしやすくなります。

4 ルールを発見すること
2つ以上のものに普遍的なメカニズム・数式的な関係があることがわかると、人は理解したと感じます。
物理法則の発見はほとんどがこれに当てはまります。

(※例えばお湯はだんだん冷たくなるとか、水に投げた石の波紋は広がって消えるといったような身の周りに起こった経験的なものをただ数式にしたものが物理の法則です。なぜそうなるのか解決されていないのが現状です。)

私達自身も物理法則に影響を受ける肉体をもっていますから、皮膚から外では空気に触れているので「即時的に重力と磁力が働いている」状態、そして皮膚から内側では体液に触れているので「遅延的に浮力と共鳴が働く」状態なので内側(スロー)と外側(スピーディー)の反応に差が生まれ、歪みが生じることが「運動の法則(循環)」と言う同じ論理で説明できるのも、その一つです。

※反応の差をなくすのが、水に浸かることです。水に浸かることで、外側の反応もゆっくりになり、圧が加わるので、内側の反応が速くなります。

あるいは、ゆっくりと息を吐き、呼吸を整えます。

因果は一方通行ではないので、原因から結果があったとしても、結果が原因を生み出していないかということも考えるべきです。

例えば、「糖を多く摂る人は、糖尿になりやすい」という情報を手に入れたとしましょう。これを理解しようとすると原因が「糖」で、結果が「糖尿」です。「糖を控えれば、糖尿にはならないはず」となり解決したように感じますが、そういう安直な考えでは解決には至りませんし、理解したとはいえないのです。なぜなら、糖尿の問題が全くない人も、糖を多く摂っているから問題だとは考えにくいからです。

糖は陰ではありますが、悪ではありません。

「すでに糖尿の兆候が見えている」か「親が糖尿で、早い段階から同じ食習慣で糖を摂取している」可能性が高いということです。糖尿になる状況(親と同じ食習慣、生活リズム、生き方)に身をおいているから、抑えるために弛めるために気づかせるために「糖」を欲して多く摂っていたということも考えるべきです。それに無関心であったり、麻痺していて「中毒」になっていると、摂りすぎた糖は粘膜や内膜をタダレさせたり、炎症を起こすほどになっていくのです。なぜ糖をより多く摂ってしまうのか?を考える必要があるのです。

空腹とは、他愛と自愛の愛情不足。満たされない気持ち。

愛されたいのに自分は愛されない人間だと思っています。

触れてほしいのに、触られると拒絶してしまいます。

砂糖で興奮することで擬似的に精神を満たそうとします。

人前でなかなか自分を出せずに、恥をかきたくない。

だめな人間だと思われたくない。

その緊張がほぐれるまで、砂糖でほぐそうとします。

自信がない「自分を信じていない」と心で思っています。

それを認めたくなくて苦しい。

苦しい気持ちをほぐすそうと、砂糖を摂ります。

深く考察することで、理解が深まり、気付きが生まれ根本的な問題の「解決策」が見つけられるのではないでしょうか。

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