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「いい人」と「本当の自分」

私たちは日々選択の中で生きています。

あることすることを選択すると、しなかった選択を後悔します。

しないと決めても、することを選択しなかったらどうなるのかと悩みます。

なぜなら、「これだ!」という確信を持つことも、自分を信じるということもできないからです。

迷いから生まれる後悔や悩みも、失敗したくない気持ちから生まれます。

からだやこころがどう感じるかよりも、誰かにどう思われるか?誰かにどう見えるか?が大事になってしまっているのです。

それは、今の時代において、無線通信処理が高速化し、多様化された大量の情報サーバーという物質的な共通意識に頼ることです。この情報の中に、こころの安らぎを見出そうと自分以外の感覚を疑似的に体験したいと欲する習慣です。

本来私たちは、宇宙という精神的な集合意識から別れ、肉体を手に入れたときに記憶を捨てました。記憶を捨てたことで、自分が何者であるかを自由に選べるようになったのです。

ですから、私たちは

「自分が何者なのか?」

「自分がしたいことは何なのか?」

という「生きがい」「社会に貢献すべきこと」を探すことが人生の大半を占めるのです。

物質的な共通意識にも精神的な集合意識どちらにも真実ではない「悪」が混ざっていますから、自分にとって何が良いのかを見極めることが、生きがいを見つけやすくしてくれます。

極めるとは、意識レベルを上げること。

意識レベルを上げるには、取り繕わないこと。真剣に自分を表現すること。

言い換えるなら、正直に、謙虚に、純粋に、素直に自分を表現すること。

意識レベルとは、自分自身の評価、思い込みという足枷です。上げるには、自分自身を認めること、自分自身を知ることです。

そうせずに取り繕うから。「いい人」になろうとするから、疲れるのです。

「いい人」を演じているのは、または「本当の自分」を見せられないのは、そうしなければいけない不安や恐れを感じているからです。あの人に怒られたくない、あの人に無視されたくない、あの人に批判されたくないと不安や恐れを感じて、自分を無視しようとしているのです。

無視とは、意識してアンカリングすることで反対の意識になれますから、強く意識することの裏返しなのです。ですから、かえって自分のダメなところに目が行ってしまいます。

そして、人目を気にしてしまう人間になるのです。他人の視線を勝手に解釈していたら、健全な人間関係を築くことは難しいのです。人目を気にして、「自分」に嘘をついて「自分の望む生き方」でない人生を往くのです。

自分が苦手だと思う人が現れたり、嫌なことが自分にばかり起きるのは、自分が二度と出さないように抑え込んできた自分の感情を体現する現象です。この人は苦手だと思うことも、突然起こった嫌な出来事も、あなたが我慢している感情を我慢しない人を通して、あなたが無視して、目を背けている隠しごとを「あなた自身」が見せているのです。

これを「投影」といいます。

苦手な人や嫌な出来事を通して現れる「捨て去りたい自分」を見つめること、その「投影」に気付くことが、ありのままの自分をを生きていくきっかけになります。

何もしてあげられなかった自分。

笑われた自分。

誰かを悲しませた自分。

過ちを犯した自分。

そんな過去の自分もまぎれもない「本当の自分」です。

他人に感じる負の感情は、自分に対する感情でもあります。

「自分は受け入れられてない」「人と接するのが怖い」と悩む人は、自分から逃げよう離れようとしている人なのです。

そんな自分でいいと思えると、堂々と開き直って自信が生まれてきます。

「いい人」をやめること。やめると「自分らしく」生きられます。

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